「伝統とは革新の連続である」を次々に実践し、百年の酒蔵を世界に知らしめた

はねぎ搾りの酒蔵 吉田屋
四代目蔵元

吉田 嘉明

大久保 武志

吉田 嘉明

はねぎ搾りの酒蔵 吉田屋
四代目蔵元

2024.2.12

「安い酒を大量に」の時代からの脱却

「はねぎ搾り」は、江戸時代には一般的だった酒搾り法です。大きな丸太ん棒(はねぎ)を使って、てこの原理でもろみに圧力をかけて搾ります。今、全国でこれを使っている酒蔵は5、6軒ですかね。人力で手間はかかるし非効率だけど、だからこそひとつひとつ「人の手」をかけた思いがこもっています。機械のように全てを搾りきらないから雑味が出ず、まるい優しい味わいの酒ができるんです。

私が大学を卒業して蔵に帰ってきたころは、油圧式の大きな槽(ふね)で普通酒を造っていました。当時は糖類を添加した安い普通酒しか売れない時代でしたから。それもディスカウント酒店の登場で、大手メーカーの酒が安く買えるから地元の酒蔵は太刀打ちできない。造っては在庫を抱える状態でした。こうした価格競争に巻き込まれないためにも、「この蔵らしい個性のある特定名称酒(吟醸酒・純米酒・本醸造酒)を造りたい」と考えたんです。そこで目をつけたのが、父が蔵に史料館を作ろうとして残していた古い「はねぎ」でした。

はねぎ搾りと花酵母でこの蔵ならではの良酒を

きっかけは蔵にあるはねぎを見た税務署の方の何気ないひと言でした。「こういうの使っている蔵が毎年テレビに取材されているみたいですよ。これで搾ってみたらどうですか?」。これだ!と思いました。それからは、文献も記録もない中、試行錯誤の連続です。まず重しをどういうタイミングでどうぶら下げたらいいかわからない。夜中に一人で重しを付けては下ろしてヘロヘロになっていました。ようやく「はねぎ搾り」の復活に成功したのが20年ほど前ですかね。

もう一つ、大事な出会いがありました。うちの酒には全て花酵母が使われているんですが、花酵母の研究をしている大学の恩師が「特定名称酒を造るんだったら、使ってみるか?」と提供してくれたんです。最初はナデシコの酵母でした。華やかな香りがして…。今は純米吟醸酒にこの花酵母を使っています。ひときわ香り高いアベリアは純米大吟醸酒に、食事に合わせて飲みたい純米酒には香り控えめのツルバラ、特別純米酒はヒマワリ、本醸造酒にはニチニチソウという風に、酒によって花酵母を使い分けています。

世界一になった吉田屋の甘酒

「はねぎ搾りの酒蔵」が造る酒が高い評価をいただく一方で、蔵の名前を世界一に押し上げてくれたのが「甘酒」でした。「『地方の原石』を全国・世界レベルのヒット商品に育てる」がコンセプトの「にっぽんの宝物」2018年シンガポール世界大会で、最優秀賞をいただきました。

うちの甘酒はもともと商品ではなかったんです。最初は祖父が、酒造りの麹の出来を見るために、蔵からもらったひとつまみの麹を火鉢で温めて甘酒を作っていたのが始まり。それを見ていた父が、近隣の方からのいただきもののお返しにと、焼酎の空き瓶で甘酒を作って差し上げていたんです。瓶1本ずつに麹と仕込み水を入れて湯せんで温めて手作りするから、麹の粒がそのまま残っています。そのうちそれを欲しいという方が出てきて、販売することに。そうしたストーリーと、健康に良い発酵食品という点が「伝統は革新の連続だ」というテーマとも合致して評価されたと思います。大会のシェフが甘酒を使って提案してくださった料理も、甘酒を「土のもの」として「海のもの」であるホタテを合わせた素晴らしいものでした。さらに翌2019年には、アメリカで開催される最先端テクノロジーの祭典「サウスバイサウスウエスト」に参加。各界の一流の方たちとの出会いがありました。まさに「甘酒が僕をここまで連れてきてくれた」という感慨がありましたね。

もともとは祖父や父が作っていた素材そのものの力。私は、商品としてブラッシュアップしました。名前を「百年甘酒」として、ラベルも南島原市をモチーフに。しかし父たちがやっていた瓶ごとに1本1本手作りするやり方は変えていません。

人との出会いを生かせるかどうか

振り返ると、人との出会いが私の人生をステップアップしてくれました。思うに、「人間は会いたい人(チャンス)には必ず会える」んです。早すぎず遅すぎず、それも偶然ではなく必然に。そのときに、自分の核に自分なりの「やりたい思い」を宿していて、出会いがやってきたときに「これだ」と思えるかどうかだと思うんです。私も、全てを生かしきれたとは言えませんが、大きな出会いから小さな出会いがあって、いろんな方に助けてもらったのは感謝しかありません。

写真提供/にっぽんの宝物事務局

写真提供/にっぽんの宝物事務局

はねぎ搾り(純米吟醸酒、純米酒)、萬勝(※季節限定)百年甘酒

昔から蔵の町として知られる南島原市有家町に、「はねぎ搾り」という古い伝統製法を復活させた酒蔵があります。創業大正6年の百年蔵、吉田屋。愚直なほどに人の手をかけて醸される酒は、人の心も輪もまるくする優しいまろやかな良酒。その酒造りから生まれた甘酒は、2018年に世界一の評価を得ました。

 

取材日:2023/3/7 ライター: 龍山久美子

はねぎ搾りの酒蔵 吉田屋

長崎県南島原市有家町山川785 電話:0957-82-2032

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