海にも、山にも、厄介者にも愛。
この島にある全てを「おいしい」に変えたい。
有限会社 丸徳水産 取締役専務
犬束 ゆかり
2026.2.28
育てて、さばいて。対馬発、あなた行きのきらめき

国境の島・対馬。山林がおよそ9割を占める、緑豊かな島です。平地が少ないこの島で、人々は、島を取り囲む海を生活の基盤としてきました。その恵みを、余すことなく提供する一軒の店を訪ねました。対馬やまねこ空港から車で2分ほどの場所にある「肴や えん」です。店内はいつも、地元の方や観光客、ビジネスマンなどで賑わっています。「この店で食事を召し上がるためだけに、毎年対馬にいらっしゃるお客さまもいるんです」。そう話すのは、店を切り盛りする犬束(いぬづか)ゆかりさんです。
水産のプロだからこそ、なせる味

そこまで人をとりこにする味の秘密は何なのでしょうか。その鍵が、店の経営に隠されていました。母体となるのは、対馬で20年以上続く「丸徳水産」。養殖や干物の加工を通して、島内外に対馬の海のおいしさを届ける水産加工会社です。飲食店をスタートしたのは、およそ15年ほど前。対馬の海の恵みを、最もおいしい状態で提供することには、並々ならぬ思いがあります。

その思いから生まれたのが、自社養殖の「丸徳鯖刺身」。提供する日の朝に水揚げをするため、鮮度抜群の状態で提供できる看板メニューです。「せっかくなら、いけすも見ていきますか」という犬束さんの誘いに甘えて、店から車で10分ほどの丸徳水産におじゃますることにしました。
新鮮で、安心。だから、おいしい


迎えてくれたのは、犬束さんの次男の弘法(ひろのり)さんです。港から船で2〜3分のところにあるいけすには、おびただしい数のサバが泳いでいました。「今いけす1つあたり700匹くらいですね。年末に向けてたくさん水揚げしたので、少ない方です」と弘法さん。

痛みやすく、寄生虫のリスクもあるサバを刺身で提供するためには、徹底した品質管理が欠かせません。エサの小魚は、一度冷凍しミンチにしてから与えること。水揚げ後、すぐに加工場で内臓を出すこと。一つひとつの作業が、リスクを最小限にし、安心を届けるために必要なのだと言います。
その新鮮さと味に太鼓判を押す弘法さん。「水揚げした後に、すぐさばいておろすので、えんの場合、早いと締めて5分後にはお刺身になることも。だから、すごくおいしいんです」。

そう言われて、食べないわけにはいきません。一口いただいて驚きました。甘み、旨み、とろける脂……。臭みが全くないどころか、口いっぱいに爽やかな香りが広がります。食べた人たちがとりこになるのもうなずける、これまで出合ったことのない刺身。生産現場を見た後だと、さらに何倍もおいしく感じられます。
「食べる」の周囲をもっと豊かに、幸せに

店では、ここ数年、水産物以外の地産地消にも取り組んできました。「島内の耕作放棄地を活用して育てたシイタケ、ジャガイモ、春菊、レタス、サツマイモなんかを、店でも使っています。鶏も、今は22羽」とにっこり笑う犬束さん。「飲食店をやっていると、食べ残しに慣れてしまうんです。でも命をいただいているのに、よくないって。その罪悪感を、少しでも払拭したくて。できるだけ循環を大切にしたいと思ってやっています」。

そんな犬束さんが肝入りで始めたのが、「そう介(※)プロジェクト」。海藻を食べ尽くし、磯焼けを引き起こすため「食害魚」と呼ばれる、イスズミやアイゴを活用したプロジェクトです。特有の磯臭さがある身を、丸徳水産の高い加工技術で、商品化。「そう介のメンチカツ」という名前で、店頭での提供やオンラインでの販売を行なっています。「おそらく全国探しても、イスズミやアイゴを食べられるお店はないと思いますよ」。
※イスズミやアイゴを指す犬束さんの造語。海「藻(そう)」が豊かな海を取り戻すことで、魚と漁師が「相(そう)」互によくなる未来を作るため、丸徳水産が「創(そう)」意工夫し、おいしい「惣(そう)」菜へと生まれ変わらせることで、多くの人の想い(音読みで「そう」)をつなぐ「壮(そう)」大なプロジェクトの成功を願い、つけられました。

そのほかにも、地元の漁業者と漁船に乗り対馬の海が抱える様々な問題や、漁師の営みなどを学ぶ体験ツアーの実施、使われていない漁業施設をゲストハウスとして運営するなど、歩みを止めることなく「やりたい」を形にする犬束さん。根底にあるのは、困りごとも資源と見る視点と、地元・対馬に対する愛情です。「対馬は何もないんじゃなく、本当に資源が豊かな島。厄介ごとも、見方を変えれば資源になるんです。若い人たちが、ワクワクできる島であれるように、できることをしていきたいです」。犬束さんの目には、島の可能性がはっきりと写っていました。
(写真右から、厨房の小島辰則さん、犬束ゆかりさん、犬束さんの長男・弘介さん)