自分たちは煮干ししかない。
だからこそ、質の高い煮干しを作ることに命をかけています。
竹下 千代太
2024.2.5
プランクトンの豊富な橘湾で育ったカタクチイワシ
長崎県は煮干し生産量日本一。雲仙市の橘湾で煮干し用のイワシ漁を行っている株式会社天洋丸を紹介します。地元の煮干しの美味しさを知ってもらおうと地元のソウルフード「じてんしゃ飯」の”素”を考案しました。
長崎半島と島原半島に囲まれた橘湾は、昔からイワシ漁が盛んでした。私は祖父、父から受け継ぎ、漁業を営んでいます。巻き網漁を中心に養殖や水産加工、さらに最近では漁師体験なども行っています。
橘湾は海底火山から吹き出る温泉ガスによって水温が比較的高く、プランクトンがたくさん集まるので、天然のいけすと呼ばれています。この地域では昔から煮干し用のイワシ漁が盛んに行われてきました。かつてはこの港にも80軒以上の煮干し加工会社が立ち並んでいましたが、今は10軒ほどに減っています。
春と秋がカタクチイワシのシーズンです。夜中に船を出し、船の光に集まってくるイワシを網で引き上げます。最近は気候変動のせいか、どんどん漁が予測不能になってきていますね。今は煮干しが貴重な食材になりつつあるので頑張って漁を続けています。
高品質な煮干しをめざして
水揚げされたカタクチイワシはすぐに船の中で急速冷凍されます。急速冷凍されたイワシは港につくと直接加工場のレーンに運ばれます。選別をしたらすぐにボイラーで茹でるので本当に産地直送ですよ。
長崎の煮干しの特徴は海水でカタクチイワシを茹でている点です。海水と聞くと塩辛いイメージがありますが、そこまで塩辛さはありません。噛めば噛むほど広がるうま味を感じられるはずです。
他の地域の漁師の場合、イワシが獲れなければアジやサバなど、他の魚を獲って生活ができます。しかし、橘湾ではたくさんの種類の魚はとれず、まとまった量といえばイワシしかない。なので、私たちはイワシにかける想いがどこよりも強いんじゃないでしょうか。自分たちは煮干ししかない。だからこそ、いかに質の高い煮干しを作るかに命をかけています。イワシの鮮度を保つにはどうしたらよいか、美味しく食べてもらうにはどんな食べ方があるか。日々、真剣に考え商品開発もしてきました。
郷土食「じてんしゃ飯」から広がるレシピ
じてんしゃ飯の素が生まれたのも、もっと気軽に煮干しを食べてもらいたいと思ったからです。
「じてんしゃ飯」とは雲仙の郷土料理で、煮干し入りの炊き込みご飯のことです。雲仙で自転車競技大会が開催されたときに、応援に駆けつけた人に振るまわれたことからその名がつけられました。学校給食でも出るメニューで、地元で愛され続けているソウルフードです。
2.5センチ以下の最高品質の煮干し、九州産の乾燥ニンジンとゴボウ、そして雲仙産の乾燥シイタケを使っています。じてんしゃ飯の素は素材のみで、味は一切付けていません。普段使っている醤油で味つけできるので家庭の味も再現できますし、具材として料理にアレンジできます。じてんしゃ飯の素を長崎UMAの勉強会に参加された料理人に送ったところ「あんかけに使った」とおっしゃられていました。さまざまな料理に使えるのでいろいろ挑戦していただけたら嬉しいですね。
全国一の煮干しをもっと知ってもらいたい
長崎県は煮干し生産量全国1位です。これをもっとアピールしていきたいですね。出汁で使うには少しハードルが上がってしまうので、普段の生活で気軽に食べてもらえるような提案をしていこうと思っています。じてんしゃ飯の素はそのきっかけになれば嬉しいですね。本当に混ぜて炊くだけですから。ほかにも空炒りした煮干しはナッツやドライフルーツと一緒に食べたりと、お菓子やおつまみとしてもオススメです。
雲仙にはじてんしゃ飯のほかにもエタリの塩辛など郷土食があります。もっと長崎の煮干しを知ってもらって、ふるさとの魚食文化を守っていきたいですね。
取材日:2023/3/13 ライター: 出口やえの