長崎県産食材の勉強会に、東京のトップシェフたちが参加。
ジャンルを超えて学びを深める1日に。

長崎県産食材勉強会 Vol.1

大久保 武志

長崎県産食材勉強会 Vol.1

2023.11.9

去る令和4年11月2日、長崎県産食材の勉強会を、東京・渋谷「スーツァンレストラン陳 渋谷」にて開催。ホストである同店料理長の井上和豊氏と、「雲仙福田屋」料理長の草野玲氏のほか、さまざまなジャンルの料理人5名が参加しました。

★勉強会参加メンバー(50音順)

スーツァンレストラン陳 渋谷 料理長 井上 和豊 氏(東京都/中国料理)

茶禅華 エグゼクティブシェフ 川田 智也 氏(東京都/中国料理)

雲仙福田屋 料理長 草野 玲 氏(長崎県/和食)

naturam オーナーシェフ 杉浦 和哉 氏(東京都/フレンチ)

グランド ハイアット 東京 鉄板焼「けやき坂」料理長 本多 良信 氏(東京都/鉄板焼)

kitchen space nôlディレクター 野田 達也 氏(東京都/イノベーティブフュージョン)

ザ・キャピトルホテル 東急 中国料理「星ヶ岡」料理長 山橋 孝之 氏(東京都/中国料理)

井上料理長も愛用する「長崎県産食材」の魅力とは

着席後、長崎を代表するお茶「そのぎ茶(長崎玉緑茶)」がふるまわれ、勉強会がスタート。メンバーは、井上料理長が普段交流のある料理人に直接DMで声をかけたそうで、会場は和やかな雰囲気。「長崎の食材は数年前から使用していますが、今日は草野料理長が地元の料理人の視点でどう食材を使うのか興味深く、ワクワクしています!」という井上料理長に、草野料理長は「長崎は肉も魚もおいしく、種どり野菜など生命力溢れる素材がたくさんありますよ!」と笑顔で答えていました。

各シェフからの挨拶のあと、まずは長崎県の地形や歴史、文化などについてスライドを見ながら学びます。長崎県は南北に長く、バリエーションに富んだ地形が特徴。離島の数が日本一多く、複雑に入り組んだ海岸線がつくる潮流が豊かな漁場を育んでいるほか、火山による湧き水が滋味深い野菜の栽培を可能にしています。また、歴史的に海外との交流も盛んだったことから、独自の食文化が発達し、異国の文化や工芸品が残るエリアでもあります。

厨房でのデモンストレーション【草野料理長編】

スライドを見たあとは、皆でエプロンに着替えて厨房へ。草野料理長がまず取り出したのは、長崎にぼしの「氷出汁」。乾煎りした煮干しを、頭・内臓をつけたまま敷き詰め、その上に氷を入れ、自然に溶けるのを待ち、常に0℃の温度を保ちながら出汁を取ると、すっきりとした味わいに。温めても雑味が出てこないそうで、試食した料理人たちも口々に「すごいクリア!」「雑味がない!」と大絶賛でした。

続いて試食したのは、雲仙でよく食べられている「エタリ(カタクチイワシ)」の塩辛。クセのある味わいを一同楽しみつつ、地元ではどんな風に食べられるのかなど、興味津々。さつまいもにエタリの塩辛をのせて食べるのが、昔ながらの雲仙のおやつなのだそうです。

野菜もおいしい長崎県。現在は、「間引き菜」がとれる時期だそうで、雲仙こぶ高菜、ターツァイ、青梗菜などの葉物野菜がずらり。サラダでも、サッと炒めてもよく、料理人たちは生のままその力強い味わいを確かめていました。

「煮干しの解剖」のワークショップを体験!

次に、草野料理長が取り出したのは、ルーペとピンセット!「これから皆さんに、煮干しの解剖をしていただきます!」。手元に配られた煮干しの解剖図には、耳石や脳、水晶体といった単語が並んでいます。解剖した部位をそれぞれ食べてみると、苦かったり、香りが強かったり。「水晶体は、すごく香りがありますね」(川田シェフ)、「煮干し一匹で一つの味としか考えてなかったので、驚きました」(山橋料理長)と、口々に感想を述べていました。

厨房でのデモンストレーション【井上料理長編】

井上料理長は、一番気に入っているという「長崎対馬地どり」の説明からスタート。「地鶏って食感が強いという印象があると思いますが、『対馬地どり』は、皮はしっかりしているけど、肉質は柔らかい。対馬の在来種の血統なので、個性がありますよね」。

また井上料理長が、昨年、五島列島を訪れて感動したというのが、この「レモングラスパウダー」。「見た目は抹茶みたいですが、オイルに使うとクリアな香りときれいな色が出ます。今回は、長崎つながりでカステラにしてみました」。昨日と今日焼いたものとで、食感の違いを食べ比べしてもらう趣向です。

さらに取り出したのは、「五島手延うどん」。四川省の麺はかん水を使っていないので、日本の中華麺よりも「五島手延うどん」のほうが四川の味付けに合うそうです。「今日は、汁なし担々麵を作ります。味をしっかりと吸ってくれるのと、ゆで上げして再加熱してもしっかりしているので、大量調理にも向いていますね」。

その他、最近お気に入りの食材として、「島原納豆みそ」と「りんご酢大豆」を紹介。「島原納豆みそ」は、現地では温かいご飯にのせて食べるのが一般的ですが、井上料理長は大豆の食感と旨味を活かし、豆鼓(トウチ)を合わせてソースとし、魚料理と合わせます。味付けに用いるのは、「五島の醤 -醤油麹-」。出合って以来、魚料理にはこの醤油で味つけしているという、こちらもお気に入りの調味料です。

最後に使用するのは、「長崎とらふぐ」の白子。四川料理の「豆花」をアレンジし、白子の豆腐に、上湯を使ったすましスープを注いで仕上げます。「四川の伝統料理は味が濃いので、それに合わせて食べるスープや野菜料理はやさしい味の料理が多いんですよ」。

草野料理長&井上料理長による、長崎県産食材を使った料理

厨房でのデモンストレーションのあとは、お待ちかねの試食タイム!草野料理長、井上料理長がそれぞれ4品をふるまいました。

★草野料理長作

①長崎にぼしの氷出汁と山の鶏鳴舎の平飼いの卵を使った、「にぼ」茶わん蒸し

②長崎にぼしと島原半島産干し椎茸と切り干し大根島原昆布の出汁で釜炊きした、郷土料理の自転車めし

③長崎にぼしと麦味噌で炊き上げた島原地獄そうめん 八斗木葱とにぼしと太白ごま油で作ったにぼしの香味油と共に

④紫さつまいもの低温天ぷら エタリの塩辛バター乗せ にぼしを餌に育てた鯖(ニボサバ)の卵巣で作った煎りからすみを散らして

「自転車めし」は、自転車のように早くできるという意味の炊き込みご飯。にぼしのだしがらと麦味噌、柚子胡椒で作った「にぼみそ」をのせて彼杵のほうじ茶をかけて“お茶漬け”としても楽しめます。「地獄そうめん」は、にぼし出汁の味噌汁に、「島原手延べそうめん」を乾麺ごと入れて食べる家庭料理から発案。にぼしの香味油を最後にかけ、香ばしい香りを添えています。「紫さつまいもの天ぷら」は、島原産「ミナミノカオリ」の小麦粉を衣に使い、2つの温度帯の油で30分、じっくりと揚げたもの。エタリの塩辛バターと煎りからすみの香りがアクセントになっています。

★井上料理長作

①対馬水晶鶏

②鯛 白子豆腐の澄ましスープ

③五島手延うどんの坦々麺

④レモングラス香る台湾カステラ

⑤長崎県産クエの煎り焼き、島原納豆みそと豆鼓の醤を添えて

対馬地どりはシンプルな調理で、素材の味や食感をストレートに感じられる仕立てに。名古屋コーチン、大和肉鶏との食べ比べも用意されていました。担々麺は、つるりと喉ごしのよい五島手延うどんと、奥行きのある味わいのスープの絡みが絶妙でした。

勉強会を終えて

試食を終え、参加された料理人の皆さんから各自感想を述べていきました。

川田シェフ「にぼしの水晶体に強い香りがあると明確に感じられ、それがわかるのも、新鮮なイワシを適切に処理して作られたにぼしだからだと実感しました。日本の麺も探しているので、五島手延うどんなども興味深かった。対馬地どりは、跳ね返ってくるようなゼラチン質。しっかりと育てられた筋肉に、ゼラチン質が入ってやわらかい。味は濃い。相反する要素があるのが驚きでした」

杉浦シェフ「出汁はフランス料理でも使用するが、にぼしを使ったことはなかったので、茶葉と同じように低い温度で抽出するというのもとても勉強になりました。クリアでえぐみのない味だったので、フランス料理でも応用できそう。取り入れてみたい。また、解剖を通じて、にぼしへの概念も変わった。生産者とお客様を繋ぐ場所としてレストランがあり、東京のレストランは、ただ料理を出すだけではなく、お客様に伝える役割も担っている。産地にもぜひ行きたいです」

野田シェフ「普段から食材探しで全国を回っているが、自店のメンバーで行っているので、(フレンチという)同じジャンル、価値観でしか見れていなかった。いろんな料理をその場で食べ比べさせてもらえたので勉強になったし、食材のストーリー、背景も興味深かった。にぼしの解剖で感じた内臓の香り、氷出しのにぼし出汁のクリアなおいしさは驚きでした」

本多料理長「長崎県産の食材は現在も使っているものが多く、フェアが終わっても継続して季節ごとに使っている。お店で使う食材はほとんどが直送。あまり知られていない、ストーリーのある食材を常に探している。カウンター商売なので、それも含めてお客様に伝える事を心がけている。対馬地どりは、非常においしかったので仕入れを検討したい。『地鶏は筋肉質で歯ごたえが強い」という固定概念が変わった。今日はジャンルの違う料理人さんと交流でき、とても勉強になりました」

山橋料理長「にぼしは(日本料理以外だと)使い慣れていないので使わない、という選択肢になりがちだが、使っていこうと思った。また、麦味噌がこんなに中国料理に合うとは新発見でした。固定概念を取り払うことも大事だと感じました」

草野料理長「垣根を越えてやらせてもらって、楽しかったの一言に尽きる。スーツァンレストラン陳 渋谷のチームワークに助けてもらって。ここでみんなと一緒に働いてみたいなと思いました(笑)」

皆さん異なるジャンルの料理人との交流に学びを深めていました。

最後に井上料理長から「今度はみんなで長崎を訪ねて、現地の料理人とも交流を持ちたいですね!」というリクエストも。各料理人にとってインスピレーションを刺激される、記憶に残る1日となったようです。

取材日:2022/11/2 ライター:笹木 理恵

スーツァンレストラン陳 渋谷

TEL:03-3463-4001 東京都渋谷区桜丘町26-1セルリアンタワー東急ホテル2F

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