壱岐地区

理想の休日

玄界灘に浮かぶ壱岐の島。脈々と続く海女文化や自然の営みがもたらす贅沢な食を、心が解けていくような時間とともに味わう休日。

蔵呑み処らんぷクラノミドコロランプ

ねっとりとした旨み、甘み、歯ごたえを楽しめる一皿は、廣澤さんの美しい包丁さばきから生まれる

壱岐で出合った
地産の一皿と
心地よい
「ちょうどよさ」

壱岐島の北、勝本地区。特徴的なランプをつけたイカ釣り漁船が停泊しています。毎日朝市が開かれる通り沿いに、壱岐産の食材や地酒を使ったメニューを楽しめるお店があります。腕を振るうのは、シェフの廣澤さんです。人気は、季節ごとの旬の鮮魚を使用した本日のお刺身3種盛り。この日はカンパチ、ハガツオ、マダイ。カンパチは、なんとシェフ自ら釣り上げたものです。千葉や沖縄で経験を積んだ廣澤さんが、たまたま壱岐を訪れた際、勝本の町の「ちょうどよさ」や空気感に魅了されたと言います。「魚はもちろん、野菜や果物、壱岐牛まで島内産の素材がそろうところが、壱岐の魅力ですね」。

燻製の香ばしさと肉本来の旨みが弾ける「壱岐牛のタリアータ・サウナ蒸し」と、濃厚な大豆の風味とホアジャオのしびれが癖になる「壱州豆腐の四川風麻婆」

食材、地酒、
演出……。
美食でふける、
島の夜

メニュー表の変わり種に目が向きました。「壱岐牛のタリアータ・サウナ蒸し」です。とろける脂と強い旨みで知られる壱岐牛をレアステーキに。同じ勝本地区の壱岐牛専門店〈土肥増商店〉から仕入れた赤身肉を使用しています。食べる直前に、燻製水をかけたサウナストーンと共にガラスドームで閉じ込めるエンターテイメント性も心躍らせます。もう一品は、「壱州豆腐の四川風麻婆」。一般的な豆腐よりもサイズが大きく、壱岐の潮(うしお)を使う名産の豆腐を使用した一品です。大豆の使用量が多いため固い仕上がりになるのが特徴。合わせたのは、麦焼酎発祥の島である壱岐の地焼酎〈玄海酒造〉の「壱岐ブルー」。深いコクとほのかな甘みの焼酎に、旨みの強い壱岐牛や濃厚な壱州豆腐の麻婆豆腐がよく合います。

町の歴史と空気が
壱岐の一皿を
もっとおいしく

見上げると、高い天井や重厚感のある梁(はり)が。建物は元々築120年の酒蔵だったと言います。所有者の〈原田酒造〉は、現在向かいの建物で、県内で1番目のクラフトビール店〈ISLAND BREWERY〉を経営。店では壱岐産の「日本一魚に合うクラフトビール」を楽しむこともできます。店の隣にあるのは、同経営の宿泊施設〈LAMP壱岐〉。築約100年の元旅館をリノベーションした建物です。シェフの廣澤さんが、壱岐滞在中に宿泊したのもこの宿。歴史をつむぎ、変革を恐れない勝本の町で、次はどんなおいしさが生まれるのでしょうか。

住所
〒811-5501 長崎県壱岐市勝本町勝本浦250
TEL
0920-40-0135
駐車場
あり

うにめし食堂 はらほげウニメシショクドウ ハラホゲ

郷土料理ならではの素朴な味わいが楽しめる「うにめし」、贅沢な「宝石海鮮丼」、ウニをダイレクトに味わえる「生うに丼」と、どれも甲乙つけがたい魅力がある

豪快で、贅沢で、
この土地らしい。
磯の香りまといし
ウニ料理

壱岐を訪れる観光客の多くが口にしたいウニ料理。〈はらほげ地蔵〉からすぐの場所にある昭和47(1972)年創業の〈うにめし食堂 はらほげ〉へやってきました。名物は、店名にもなっている「うにめし」です。地元の海女が獲ったムラサキウニ、バフンウニ、アカウニの3種のウニを使用し、身とエキスを余すことなく混ぜ込んだ炊き込みご飯は、贅沢さと豪快さを同時に味わえる一品です。生のムラサキウニが乗った「生うに丼」や、イクラ、ヒラス、イカなどの新鮮な海鮮の上にウニを乗せた「宝石海鮮丼」も人気だそう。3品すべてについてくる、企業秘密の製法で作られた「うに醤油」も影の立役者です。

海女が獲ったウニは、陸で自ら割り、殻からかき出す。店では、海女から直接購入したウニのエキスと身を分け、身を海水で洗う

命がけの36日間。
おいしいの
一口のために

地元の海女がウニを獲ることを許されるのは、5/1〜9/30まで。中でも、ムラサキウニは5/1〜6/5までの36日間だけだと言います。そのため店で文字通りの生ウニを提供できるのは、5/1〜せいぜい6/10ごろまで。その他の期間は、冷凍処理をしたウニを解凍し使用します。通常ウニの冷凍にはミョウバンが使われますが、「ここでは絶対使いません。理由はおいしくないから。でも、見た目が崩れてしまうから、がっかりするお客さんも多いんですよね。だから、やっぱり5月の生うにを食べにきてほしい」。そう話すのは店長の西田さんです。「海女ってね、命がけの仕事なんですよ。獲れるのも少ないし。その大変さと、ウニが高価な理由をぜひ伝えたいんです」。

25年ほど前にはツアー客のバスが入れ替わり訪れていたという。「もう一度その時みたいな活気を取り戻したいんです」と西田さん

「じゃあ、私も50年」。
店と味を守る
覚悟と再出発

西田さんが店長になった経緯にもひとつのドラマがありました。創業から50年が経った2022年、一度店をたたむことに。翌年、先代の三浦さんご夫妻から、東京の会社へ事業継承が行われました。新体制で店長の白羽の矢が立ったのが、生まれも育ちも壱岐で、高校卒業後ずっとこの店で働いていた西田さんです。「3ヶ月は断ったんですよ。でも、ずっと考えて、やってみようかなって。先代はここで50年頑張ったんです。じゃあ、私も50年やろうって。この店閉店させたらダメじゃんって」。そう話した後、今から50年後に生きてるかわからないけどと笑う西田さん。その言葉には、地元に根ざす固い決意と意気込みが現れていました。

住所
〒811-5311 長崎県壱岐市芦辺町諸吉本村触1307
TEL
0920-45-2153
駐車場
あり

はらほげ地蔵ハラホゲジゾウ

胸の穴へ入れたお供え物が、引き潮とともに海へ運ばれていくさまに手を合わせ、祈りを捧げたと言われている

移ろう潮を背に祈る
はらほげ地蔵を訪ねて。

護岸工事がされたなんの変哲も無い港に、6体のお地蔵さまが海を背にして立っています。赤い前掛けと頭巾をまとった「はらほげ地蔵」です。「ほげる」とは、穴が空いていることを指す長崎の方言。前掛けの下に空いた丸い穴が「はらほげ」の名の由来です。祀られたのは、遭難した海女の慰霊のため、また地元で盛んだった捕鯨漁の供養のためなど、地元にはいくつもの説があります。根底にあるのは「命をかけ、命をいただき、生きてきた」壱岐の人々の営み。土地に根づいた祈りのかたちとして、6体の地蔵は、今も静かに潮の音を聞いています。

住所
〒811-5311 長崎県壱岐市芦辺町諸吉本村触1342
TEL
0920-48-1130(壱岐市観光課)
駐車場
なし

小島神社コジマジンジャ

「壱岐のモンサンミッシェル」としても知られるパワースポット。訪問の際は、潮位と干潮時刻を要確認

引き潮の先に現れる
願いの社、信仰の土台

弥生時代に古代船が往来したと言われる内海湾(うちめわん)。海沿いの駐車場から目をあげると、小島が佇んでいます。島の正面には鳥居。海に遮られ渡っていくことはできません。干潮時を狙い、もう一度訪れると、みるみるうちに潮が引き、島へとつながる一本道が現れました。月の満ち欠けを感じる幻想的な光景です。〈小島神社〉はスサノオノミコトやイザナミノミコトなどを祀った神社。島全体が神域とされているため、小枝一本でさえ持ち帰ることは許されません。ほんの数時間前まで海の底だった参道をゆっくり歩むたびに、壱岐の人々の営みや信仰の土台に近づいていくようです。

住所
〒811-5315 長崎県壱岐市芦辺町諸吉二亦触1969
TEL
0920-45-1263(寄八幡神社)
駐車場
あり

重家酒造オモヤシュゾウ

バラの酵母で作った酒や、メロンやマスカットを思わせる香り、使用する米の銘柄ごとに変わる風味など幅広いバリエーションが楽しめる「よこやま」シリーズ

グラスの中に広がる
新しい日本酒体験

全国でも評判を集め、海外にも進出している日本酒が、壱岐にあります。〈重家酒造〉の代表銘柄「よこやま」です。みずみずしく、可憐で華やかな香りと、白ワインを連想させるフルーティーな味わい。「洋食とのペアリングを考えて作っているので、冷やしてワイングラスでスタイリッシュに飲んでもらいたいです」。そう話すのは社長で杜氏でもある横山太三さんです。従来の日本酒に抵抗のあった若年層や、日本酒初心者にも人気が高まっている「よこやま」シリーズ。「最終的には壱岐を日本一の島にしたい。この日本酒をきっかけに壱岐に訪れ、ここで島の良さを体験してほしいんです」。

黙々と焼酎づくりに向き合う兄の雄三さんと、販路拡大と日本酒製造の復活に奔走した弟の太三さん。創業から100年を超えた酒蔵のバトンは、2人の兄弟の手に渡った。本社併設のショップでは、〈重家酒造〉の焼酎と日本酒を購入できる

壱岐の米と壱岐の麦で
生き残りをかけ、戦う

麦焼酎発祥の地として知られる壱岐では、麦を主原料にしながら米麹を掛け合わせる独自の製法で焼酎を作りつづけています。その島で、焼酎と日本酒の酒蔵として誕生した〈重家酒造〉。現在も、太三さんの兄で代表取締役の雄三さんが米麹を使用した壱岐焼酎づくりに勤しんでいます。先代の頃、一時は蔵じまいの話も出たと言いますが、「うちは、いい焼酎が作れる。すぐ戻るから、持ちこたえて」と雄三さんに蔵を任せ、経験を積んだ太三さん。生存をかけ戦う日々の中で、試行錯誤を重ねました。「壱岐産の原材料を使用した壱岐焼酎を作ったら、全国の酒販店からおいしいとの声が届き、取引をしてほしいと言われるようになったんです」。

工場では、ちょうど日本酒の瓶詰め工程が行われていた。ラベルには、「復活」の二文字が光っていた

清酒したたり、
香りくゆる
28年ぶりの
日本酒づくり

焼酎のテコ入れと同時に取り組んだのが、先代の頃に中断していた日本酒製造の再開です。「蔵に免許が残っていることを知った酒販店の方に『横山、お前なんで日本酒作らんの』と言われたんです」。その人の口利きで知り合ったのが、後の修業先である山口県の澄川酒造でした。しかし修業に出向く年の7月、山口で豪雨災害が発生。自身の修業は返上し、甚大な被害を受けた澄川酒造の片付けを手伝うことになりました。災害からの復興に、自身の夢でもある日本酒の復活を重ねたと話します。その後、住み込みでの修業を経て、2018年、〈重家酒造〉の日本酒蔵が完成。28年ぶりにこの島で日本酒づくりが再開されました。

5年間島内を探し回り、20箇所目で出合った軟水の水と、全国の農家に出向き、取引が始まった酒米。歳月と労力をかけ、必要なものをひとつずつ集めてきた

5つの源から醸される
壱岐発の
循環型酒づくり

「日本酒づくりに必要なものは、5つ。水、酒米、設備、分析、そして作り手の情熱です」。水に米、そして多額の費用を投じた設備、データ分析。流通や販売にも意識を向け、冷蔵管理のできない店には卸さないのだそうです。2024年からは、壱岐の地下水と壱岐牛の牛ふんの堆肥を利用し、酒造好適米「吟のさと」の栽培が始まりました。酒づくりの副産物の酒粕は、壱岐牛の飼料にすることで、島内での循環型酒づくりが可能になりました。「文化、環境、生物、そしてこの島に住んでいる人の思いすべてを詰め込んだお酒を世界に発信していくこと。それが、わたしたちのコンセプトです」。そう話す太三さんの目には情熱が光っていました。

住所
〒811-5214 長崎県壱岐市石田町印通寺浦200(本社・焼酎蔵)
TEL
0920-44-5002(本社・焼酎蔵)
駐車場
あり

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