県央地区
魅惑の入り口
暮らしに根ざした素朴で奥深い食文化が息づきながらも、進化を続けている県央地区。知られざる美味の世界へようこそ。

塩ホルモンろくめい
パチパチと脂がはぜる
大村の夜のごちそう
七輪の上で、煙に包まれながら焼かれるホルモン。炭火の香りと脂のはじける音が、食欲を刺激します。訪れたのは、大村市の〈塩ホルモン ろくめい〉。一般的なタレホルモンもありますが、メインは店名にもあるとおり、塩で味付けるホルモンです。使用するのは、食肉センターから仕入れた県産のホルモン。メニュー表には、メス豚の胸の部位で、裂けるような食感が楽しめる「おっぱい」や、牛の4番目の胃袋「ギアラ」など、一般的な焼肉店ではお目にかかれない部位が並んでいます。
丁寧な仕込みで
生まれる
「美」ホルモン
大村出身の店主・坂野さんが塩ホルモンに魅せられたのは、20年ほど前。当時市内に一軒しかなかった塩ホルモンの店〈本家蛤亭〉がきっかけでした。迷わず修業に入り、塩ホルモンの捌き方・仕込みをマスター。名物の「ろくめい塩ホルモン」は豚の大腸を使用しています。「塩ホルモンの店自体は全国にあるんですが、こういう見た目や味、食感のものは少ないんですよね」と坂野さん。理想の味を追求するため、今でも3時間かけ、毎日ホルモンを仕込んでいます。七輪の上では、丁寧に下処理されたホルモンが、脂をしたたらせていました。
B級グルメ
「とんちゃん(※)」と
そこから感じる町の記憶
「塩ホルモン」以前から、大村には長く根付いたホルモン文化があります。筆頭は、B級グルメとして親しまれている「とんちゃん」。甘辛い味噌ダレに漬け込んだ県産豚のホルモンは、店内での酒のおともにはもちろん、テイクアウトして家庭でも楽しまれる定番の味です。背景にあるのは、この土地ならではの食文化。かつて、でんぷん加工工場が多く存在していた大村では、製造過程で出るカスを活用して養豚が行われるようになりました。また、戦後に韓国から移住してきた人々がホルモン料理を広めたという説も。そうした偶然の積み重ねで生まれたホルモン文化の系譜の先端に、今の〈ろくめい〉があるのかもしれません。
※対馬市の「とんちゃん」とは別物
高峰展望台
海と田畑を見下ろす
空中の絶景展望台
車一台ほどの幅しかない細道を登った先にあるのが〈高峰展望台〉です。諫早市の北。標高416メートルの場所に位置し、近隣の富川渓谷と共に、この地の風土を静かに見守る場所です。展望台からは、諫早市・大村市の町並みを一望することができ、眼下には、豊かな山林と、その奥に広がる田畑。そして、穏やかに光を反射する大村湾。ここが肥沃な土地であることを教えてくれます。展望台を訪れていた人々の中には、ハイキング姿の人もちらほら。土を一歩一歩踏みしめながら、風を五感で受け止めているようでした。
浦川豆店
煎りでなく、
茹でがうまい。
大村っ子の定番おやつ
大村市で「ゆでピー」と呼ばれ、親しまれているソウルフードがあります。〈浦川豆店〉の「塩茹で落花生」です。初代・寺西藤蔵(とうぞう)さんが戦時中、中国で食べていたものからインスピレーションを受け、「最初は細々とやりはじめたらしいんですけど、意外とヒットしましたね」と2代目の修さん。特徴は栗のような甘さと、ほっくりとした食感。一般的な煎った落花生とは一線を画すおいしさです。塩だけで湯がくシンプルさが、素材の味を後押ししています。3代目の敬祐さんにとっては、幼いころから身近にあった味ですが、「気がつけば、今も作業をしながらでも食べてるもんね」と妻の明子さん。何十年食べても、飽きの来ない素朴さが魅力です。
大村の赤土に咲く、
やさしい
黄色い花の記憶
県内有数の穀倉地帯である県央地区では、昔から栄養分豊かな赤土畑での落花生栽培が盛んでした。筑前煮風の煮物に薄皮付き落花生を入れた郷土料理「にごみ」が食べられるようになったのは、江戸時代のこと。修さんにとっては、落花生畑は、幼いころから見慣れた景色だったと言います。店頭には、落花生のプランターがありました。マメ科らしい小さく黄色い花が咲いています。花が終わると、子房柄(しぼうへい)と呼ばれる茎が地面に向かって伸び、地面にもぐり、地中で実が育っていきます。「花もきれいでしょう」と修さんが誇らしげに話します。
シールに、
製法に、思いに
76年の矜持が光る
創業より76年。今では県内外に同業店も増えましたが、製造に対する自信は色褪せません。こだわりは、大村産含め必ず国産の落花生を使用すること。国産は、甘みの強さが外国産とは全く異なるのだそうです。店で扱う落花生は、なんと年間15トン。長崎県内一、また九州内の事業者でも有数の数字だと言います。パッキングされた塩茹で落花生に貼られたシールは、初代・藤蔵さんが考えたもの。「類似品も多いので、購入の際は必ずこのシールを確認してほしい」と修さん。「手間をかけて、こだわって作っていますので」。商いに向き合う実直な姿が、そこにありました。
ARCH
ここで食べる
理由がある。
里山の恵みが香る一皿
県央地区の豊かな食材を生かした料理を求め、レストラン〈ARCH〉を訪ねました。迎えてくれたのは、陣野真理さん。オススメされたのは、新鮮な地元野菜を使用した前菜と、諫早の里山で育ったイノシシのラグーソースパスタのセットメニュー。「ジビエ自体は全国にありますが、生産過程や処理施設を見ると、諫早の質の高さがわかります」と陣野さん。臭みが少なく、旨みの強い肉質に、感動するお客さんが多いのだと言います。食べたものの香りが肉に残りやすいイノシシ。「だから、ミカン栽培の盛んな多良見地区のイノシシはフルーティーな味わいなんです」と、この土地ならではの豆知識を教えてくれました。
ブランド豚も
ジビエも。
地元を味わう、
二皿の深み
諫早といえば、有名なのが「諫美豚(かんびとん)」。諫早市内の〈土井農場〉が、諫早産の食用米「にこまる」と多良岳水系の地下水で育てたブランド豚です。柔らかな肉質と甘み、あっさりとした脂身が評判で、市内のみならず長崎県内外でも数多くの飲食店で愛されています。諫美豚を、香味野菜やハーブ、白ワインでホロホロになるまで煮込んだ一皿を出してくれました。もう一品は、ジビエラグーとホワイトソースのラザニアです。出されるメニューすべてに、この土地の四季や実りが詰まっています。「地元の食べ物を地元の人が大事にし、地元で消費するというのは、一番のスタート地点であり、根幹にもなっていることです」と陣野さん。
地元の実りを、
地元で味わう。
諫早で完結する、
食のかたち
〈ARCH〉に加え、諫早市内でハンバーガー店、カフェ、産直市場を経営する〈株式会社ベース〉の代表取締役でもある陣野さん。グルメフェスティバルの開催や、地元素材の活用を進めるプロジェクトの立ち上げなど魅力発信に奔走してきました。生産者と関わり合いながら、販売・提供まで一貫して行う立場だからこそ見える諫早の強みは、「 一次産業から三次産業までが流通も含めて、すべてちゃんとしたクオリティーで完結していること」。作る人・届ける人・食べる人が、同じ場所で繋がる諫早市。風土に根ざした、持続可能なおいしさの輪を、陣野さんはこれからも広げていきます。
清酒 杵の川
時を超えて磨かれた、
諫早生まれの
食に合う名酒
昭和55(1980)年、長崎県と佐賀県の4つの酒蔵が合併し、誕生した〈太陽酒造〉が前身の〈清酒 杵の川〉。県央地区で一社しかない蔵元です。2023年には、観光酒蔵をキーワードに、本社敷地内にショップ「蔵元ファクトリー きのかわよかよか」をオープン。館内を、5代目の瀬頭信介さんが案内してくれました。代表銘柄「杵の川」ブランドの中でも、自信を持ってオススメするのが「特別純米酒 磨き60」。福岡国税局の酒類鑑評会で北部九州大賞を取った銘柄です。「食事に合うオールラウンダーなお酒。冷やしてもいいですし、温燗もおいしいですよ」と瀬頭さん。
酒づくりは、
田んぼから。
諫早発・
山田錦の挑戦
ファクトリーの目の前には、酒米「山田錦」の田んぼがあります。〈清酒 杵の川〉が自社で米づくりを始めたのは、およそ12年前。肥料の配分、植える密度、収穫の見極め。酒づくりと同じだけの緻密さが、米づくりにもあります。現在では、自社の田んぼに加え、市内各所の農家の力を借りて、約20トンを生産し、蔵で使用する山田錦全体の約80パーセントを諫早産が占めるまでになりました。「小長井町や高来町の棚田は寒暖差があるので、いい米が育つんです」。育った米は、軟水の地下水で仕込むことで、甘口のソフトな日本酒になります。
長崎の味に、長崎の酒。
風土を醸す挑戦は続く
ショップの奥にはバーがあります。酒蔵ならではの空間でいただいたのは、1年間じっくり熟成させた特別純米原酒。お米の味わいを楽しむことのできる一杯です。2年前、長崎県で初めての女性杜氏となった妹のりつ子さんとともに、瀬頭さんも10年ぶりに現場復帰しました。酒づくりのコンセプトは、長崎県の甘めの食事に合わせやすい「食中酒」を醸すこと。料理とのバランスを重視し、香りは控えめにするのが杵の川流です。地元産のカキやカマボコとのペアリングに挑戦したこともあります。「地域性や風土を感じてもらえる日本酒を作りたい」。修業を経て蔵に帰り、25年。挑戦は止まりません。