ローマと日本で活躍する、星付きイタリアンシェフが
出会った長崎の食材と生産者の想い

FARO

大久保 武志

FARO

2024.3.4

去る 2023 年 2 月 11 日~13 日、東京銀座で資生堂が経営、資生堂パーラーが運営するレストラン「FARO」のエグゼクティブシェフ 能田耕太郎氏と、シェフ 浜本拓晃氏が、産地視察のために 3 日間、長崎県を訪れました。視察は、大村市~雲仙市~諌早市~南島原市~五島市と広範囲に及びましたが、その産地視察二日目の様子をお伝えします。

 

土井農場

最初に訪れたのは「土井農場」。こちらは、自然豊かな諫早平野で自社栽培したお米(長崎県奨励品種「にこまる」)を与え、多良岳水系の地下水で大切に育てたブランド豚「諌美豚(かんびとん)」で評判の、養豚と水田の総合農場です。お米を収穫した後のワラや籾殻などは敷きワラに、畜舎からの堆肥は水田の土作りに、生産したお米はまた豚のエサにという「資源循環型農業」。その日本の伝統的な農業により、自然環境を守りながら安全安心で美味しい本物の農産物を皆様にご提供出来るのだと、土井賢一郎社長は自らの理念を熱く語ってくださいました。

諫美豚はオレイン酸が高く含まれていることで、臭みが少なく柔らかく、一般的な豚肉よりも脂に甘みがあり、冷めても脂肪が固まりにくく、ジューシーな味わいが楽しめます。諌美豚を食べた方は、肉質の違いだけではなく、その脂身の美味しさに驚かれるそうです。

「話されている事に共感する所が多かったです。そのような考え方を持つ方が周囲にいない中、しっかりとした理念を持って養豚や米作りをされている姿は、素晴らしいと思いました」とシェフは感想を話されました。地方でやられている方々は「点」でされている事が多いので、もっと全国・海外にも目を向け「線」で繋がれるような活動をされていくと、見えてくるものがあるのではないでしょうか…とも言われました。試食会では、肉の美味しさは勿論のこと、米の美味しさにも大変驚かれていました。

入千代商店 |島原市湊新地町

次に訪れたのは「入千代商店 」。ここは、地元(有明海)の魚を漁師さんから直接仕入れて販売されています。鮮魚はもちろん、有明海や長崎近海で獲れた新鮮な魚介類を“生のまま”原料にし、熟練の職人が丁寧に開き、特殊な冷風乾燥機を用いて乾燥させ、“うまみ”をギュッと閉じ込めた入千代商店魚市場さんの無添加の干物も、普通の干物とは違う!と、島原 市ふるさと納税でも、大変人気となっています。

水産物は漁獲後の鮮度の維持が大変重要です。「活〆・神経抜き」をした魚は、従来の方法より飛躍的に鮮度を維持することができ、水揚げ直後のフレッシュさと美味しさをそのままに味わうことができます。通常の出荷に比べて、手間と時間がかかる仕立てを行うため流通量は少ないですが、その味は格別です。「入千代商店では、『活〆・神経抜き』に適した上質な魚を選定し、1尾1尾の状態に合わせて仕立て、出荷しています。」と入江武史社長は話してくださいました。

シェフは入千代商店について「知識がとても豊富で、神経〆のクオリティも高い。そこが他の事業所とは違うところでしょうか…同じ魚だったとしても、東京に届くまでに全く別のものになってしまうので、そこがキチッとしている魚は、欲しい方がどんどん増えてくると思います。」との感想を話されました。入千代商店の大きな生簀では、水揚げ時に暴れて“疲れた身”になった魚たちがそのストレスを癒し、エネルギーを回復させるべく、のびのびと泳いでいました。

高田牧場 | 南島原市有家町

お昼を挟んで訪れた先は「高田牧場」。この牧場は、50 年以上前に「あか牛」の肥育農家としてスタートし、現在では「県内唯一のあか牛の牧場」として活動されています。高田牧場は雲仙普賢岳の麓にあり、自社栽培の良質な牧草と雲仙の地下水を使って牛を肥育されており、牛舎も 10 ヘクタールと広々していて、牛たちはストレスを感じる事なく、のびのびと育っています。飼料は消化吸収の良い独自配合のものを与え、甘くてとろける、さっぱりした肉質を追求されています。

牛肉の品質を大きく左右する仔牛の仕入は、20 年以上のキャリアを持つ高田紳次社長自らが行います。通常肥育農家さんは、体が大きくなる仔牛を選ぶ事が多いのですが、高田さんは美味しい肉に育つ仔牛を目利きして仕入れられています。

平成 21 年に念願であった法人化も果たし、牛は約 1000 頭になり従業員も増え、牧場は一気に活気づいたそうです。「作業はパソコン管理などで、以前と比べると機械化され、これにより作業自体の負担は軽減されていますが、それを操作するのは人です。いかに牛を愛し、観察力のある人材を育てるかは私共の課題です。」と高田さんは話されました。視察を終えたシェフは「人と違う事・ここでしか出来ない事をやって、付加価値を付けて、益々精進して欲しい」と話してくださいました。

はじめ農園 | 南島原市有馬町

その後、島原半島南部に位置する「はじめ農園」に向かいました。馬場一(はじめ)さんから由来する「はじめ農園」では、できる限り農薬や化学肥料を使わずにミカンを育てられています。農薬や化学肥料を抑えることにより、ひと手間もふた手間もかかりますが、「子供たちに安全・安心なミカンを届けたい」そんな想いで作られているそうです。

農園のあるこの地は、1 日の気温差が大きく晴れの日が多い有明海に面した土地で、日本の棚田百選にも選ばれたことのある自然豊かで風光明媚な所です。ミネラル豊富な潮風の吹く陽当たりの良い山の上にあり、傾斜がついた土地は直射日光が良く当たるため、陽に当たるほど、甘くなるミカンが育ちます。また、ミカンの樹に余分な水分を与えないように水はけのよい傾斜地で水分管理をすることで、甘みと酸味のバランスが取れた、はじめ農園の絶品ミカンが出来上がるそうです。

はじめ農園初代 馬場はじめさんの案内で、ミカン倉庫も拝見させて頂きました。孫のように、愛情をたっぷりと注いだというミカンが、コンテナいっぱいに詰まって並んでいました。視察を終えたシェフは、「6 次産業等のアイディアは凄いなと思うので、それを地域の人達と共有できて、地場産業の活性の力に繋げられれば。」と話されていました。

田中農園 | 雲仙市千々和町

そして最後に訪れたのは「田中農園」。この農園を営む田中遼平さんは、大学で経済を学び、フィリピン留学を経て帰国後、地元である雲仙市で種をとって野菜を育てる農家さんの存在を知り、感銘を受けたそうです。帰国後、研修を経て独立されました。目の前の畑を見ながら「今が年間で一番のシーズンなんですよ。大根、黒田五寸人参、カブ、葉もの野菜等を、点在する畑で育てています。」と話してくださいました。

畑で育っている「雲仙こぶ高菜」は、根本の「こぶ」が特徴の伝統野菜です。シャキッとした歯ごたえと、味付けをしなくても食べられる程の旨みが特徴です。畑にはなるべくたくさんの種類を植えるようにしているそうで「100 年先もこの地にくらす野菜を季節の野菜セットを定期便でお届けします」というキャッチと共に、田中さんは季節に応じた野菜を収穫し、各方面に出荷されています。

通常の野菜は、収穫が終わると片づけられてしまいますが、種どり野菜は、野菜の一生がその畑の中で完結する…その地域で暮らしている感があります。個々のバラつきも多かったり、収穫時期も違うため機械化は出来ませんが、手間暇かけて、じっくりその野菜と向き合い、その付き合いが深まるごとに、良い所も悪い所も見えてきて、更に理解が深まると言います。
「自然と対話しながら限界を追求している…自分達が求めているものと同じものを感じました。『この人が作っているものなら大丈夫』という感じです。」という感想が、シェフの口からこぼれました。

終日の産地視察を終え、エグゼクティブシェフ 能田耕太郎氏は「日本は食料自給率が低すぎて、明日何かあった時には耐えられない状況です。僕はそこに危機感を覚えたので、日本に帰ってきたらきちんとした未来が残るよう、料理人として何か出来るかを考えました。そしてその考えに共感できる生産者さんと一緒に歩んでいきたい…モノも勿論大事だが、モノは二の次で、こうした人と人との出会いとか、拘り・理念を聞いて『この人と一緒にやっていきたい』と思える人を探しています。」と、その想いを語ってくださいました。今回大村市、雲仙市、諌早市、南島原市、五島市、それぞれの土地で生産者と出会い、その想いに触れ、大変参考になったそうです。生産者の想いのこもったこれらの食材から、果たしてどんな料理が生まれるのか、今後の展開が大変楽しみです。

 

取材日:2023/2/11 ライター: MILK #ナガサキタビブ

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東京都中央区銀座 8-8-3 東京銀座資生堂ビル 10 階 エグゼクティブシェフ 能田耕太郎 調理長 浜本拓晃

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